コミュニケーションが大事、とは言われるけれど、コミュニケーションて難しいよね
大体の人間関係のエラーはコミュニケーションからくるもので
コミュニケーション不足で誤解を招いていたりして
だかといって沢山話せば解決するかというと、一概にそうとも言い切れなくて
話が通じない相手だと、話せば話すほどこじれる一方だったりして
でも話すのを諦めてしまってもそれもそれでうまくいかない
最近思うこと
昔は、コミュニケーション能力がある=場を盛り上げられる
お話が上手な人
沢山しゃべる人
ってイメージしかなかった
それは間違いでもないと思う一方で
ただ場を盛り上げられればいい訳でもないのだなと思う
どちらかと言うとそれと同じくらいに人の話を聞ける能力も大事なんだなと思う
プロの漫才師のように人を不快にさせずに面白おかしく話せるというのは、おそらく一部の人にだけ与えられている特殊能力なんじゃないかと思う
頭がよく且つ配慮ができる一部の人間だけにできる技
一般人でも話題が豊富で話していて面白い人はたまにいる
だが、一般社会に生きる大人ってまぁまあ面倒くさいしがらみも多い
だからよくしゃべる事が必ずしも有利に働く訳ではないんだと、我が身を振り返り反省も込めて思う
配慮ってすごーく大事だよね
聞く方もだけど、話す方がより試される
私は話すの上手でもないし楽しくなると調子に乗ってしまうアホだから
なるべく聞き手に回るように気をつけているつもりだ
自分には特殊能力無いのは分かっているのさ
でも卑屈なわけでもなく自分のことを面白くない、とも思ってない
ある人から見たら面白くないかもしれないけど、ある人から見たら面白いことも知っているから
人間てみんなそうだよね
誰にでも明るくおしゃべりな感じじゃない人が、実はけっこうじわじわと面白い人だったりしてさ
わたしは、どちらかというとそういう人に興味が湧くタイプ
自分もどっちかっていうとそうだからたぶん親近感湧くんだろうな
社会性や共感力もある、でも一癖あるくらいが面白い
それを隠してない、他人様に迷惑もかけてないくらいのちょうどいいものが「個性」と呼ばれるのかな
表題のコミュニケーションに話を戻してまとめると
人って安易にわかったようなつもりにならない方がよいなと、年齢を重ねるほど思う
環境で変わりやすいものだし
年齢や経験と共に変わっていったりもするし
相性の良し悪しがあったり、感じ方がぜんぜん違ったりする
ある一時を同じ環境で過ごしたからといってその人の全てを知ってることはなくて
同じ現象が目の前にあったとて、AさんとBさんと私とでは感じ方も違う
人って違うからぶつかったりするんだけれども、違うから面白くもあるんだよね
だからやっぱり人っておもろい
