純次師匠に学ぶ会話のキャッチボール術

禅 ZEN

ある程度までは相手の情報を知りたいなぁとか興味が湧くのは自然な気持ちだと思うのだけど

会話の流れも何もなく個人情報を質問されると身構えてしまう

たとえば

血液型とか

家族事情とか

そういう類の質問

聞いてくる方は悪気はない人が殆どだろうから大抵堂々と悪びれずに聞いてくる

大体軽いノリ、会話のキッカケ探しでそこから盛り上がれる同士ならその質問は正しいのだろうけれど

わたしは盛り下がる

質問ではなく尋問に感じてしまう

大して盛り上がってもいない段階でそれを聞いてくる人にはさもしささえ感じてしまう

自分を心が綺麗な人間だとも思っていないんだが、そういう会話はあんまり楽しめない

まるっきり同じワードでも、人と時と場合によりそう感じない時はもちろんある

それはきっと会話の「流れ」やタイミングやその人の醸し出す何かなんだろうと思う

でも、そこで答えないとさも答えないこちらに非がある空気になりやすい

これがずっとイヤでしょうがなくて

どう答えるのが正解かもわからなくて

たとえば「わからない」とか「さぁ…」とか、あからさまな塩対応でもして空気を凍りつかせちまった日には完全にこっちが酷い人間扱いされるパターンだし

大体そういう事を遠慮なく聞いてくるタイプの人は、自分が聞かれたらイヤじゃないから聞いてくるんだろうし

(たまにそうじゃない人もいるけどそれは論外)

たぶんだけど、真面目な人間(というかわたしのように思考がやや深めで捻くれ気味な人)とそういう会話って相性がよくないんだろうと思う

きっと求めてるのは同じくらい軽いノリ、浅めの楽しい会話

だから、お互いに楽しみたい目的は一緒なんだけど

(そうじゃない目的つまり意地悪とか弱味探しの人もいるのだろうがそれは一旦論外)

感じ方が違うと大体残念な結果になる

たぶんバカ真面目にバカ正直に答えた方は損をする

相手が悪けりゃ酒のツマミ程度のネタとして利用される

聞けば正直に話す相手は残念ながら何かとカモにされやすい

信頼関係が築けている相手ならば個人的な情報を渡してもそんなに問題は少ないのだろうけど

信頼関係も何も築けていない相手に個人の情報を渡すのは色んな意味で渡した側が徐々に不利になるのではと思う

そしてなぜ、相手の一方的なペースに合わせないこちらが悪いみたいになるのだ?と、わたしは薄ら怒りすら覚える

答えないと悪者なの?

それってなんだか暴力的なコミュニケーションだよね

そんな自己中心的なコミュニケーションに対して真面目に答える義務はないし責められる筋合いも全くないのですよね

かといって別に戦いたいわけじゃないので戦う必要もなく、犯罪に巻き込まれるほどの大げさな事でもないのだが

案外そういうちょっとした油断が積み重なって、人間関係の悩みって無駄に増えていくんだろうと

中年になった今、改めて思う

で、現実的な対策としては

敵対するのも違うし同調するのも違うじゃないですか

まぁ、あまりにも舐め腐った人間がいたとしたらあえて空気をピリつかせにいくのもありかとは思うのですが

一応いい年齢の大人なので、そこまでさせる人というのは滅多にいらっしゃらなく

大体が、なんか微妙にモヤる程度で抑える社会性は身につけておられるんですよね(小賢し…

なので

そこでタイトルの高田純次師匠の出番というわけです

高田純次師匠は芸風といえばそれまでなんだけど

あれは一般人のわたしたちでも見習いたい立派なスキルでございますのよね

日常でよくあるそういう不躾でセンスも味気もねえ尋問をされた時には(あ、最後についうっかり本音で言葉が乱れ………)

あのくらいおちゃらけた返しで煙に巻けたらこっちのもんなんじゃないですかね

世の中には残念ながら狡い人もいますから

そういう狡い人の一方的なペースにも乗らず、戦わず、のらりくらりとかわせる人って最強だと最近特に思うのです

あ、それと別に無理に面白くしようとも笑わせようともしなくていいというのもきっと大事なポイントかと思うのです

仮に相手におもんないディスりやイジリみたいな空気にされたとしても

あ?なんでこちらがそちらのつまらない世界観でジャッジされなあかんねん

くらい図々しく太々しく堂々とKYしていた方が、きっと魑魅魍魎行き交うこの世ではよかでございますのよね

会話はキャッチボールというけれど、キャッチできなさそうな球が来たら無理にキャッチしなくていいんですよね

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