誰かと一緒にいる時の話
ダサい場所とかショボイ店とか寂れた場とかに一緒にいてもなぜか惨めな気分や寂しい気分にならない人
そういう人といる時間はきっと「豊かな時間」といえるよね
その人自身が豊かな人なのか、自分自身のその時の心がたまたま豊かなのか
きっと答えは両方なのかもしれないけれど
それを 「相性がいい」といえるんじゃないかと思う
今はあんまりそういう気分(ネガティブで寂しい)になることもなく、
すっかり忘れていた気持ちなんだけど
若い頃に感じていた気持ちがあった
たとえば、寂れた郊外の田舎道を車で走っているふとした瞬間とか
ショッピングしてて、なんかイケてない雰囲気のお店に入ってしまった瞬間とか
食べに入ったお店がイマイチだった瞬間とか
とにかくなんだか残念な環境に身を置いてしまっている時に
そんな事すら気にならないような相手と、そうじゃない(つまり環境に引っ張られて残念な気持ちになる)相手がいることに気づいた事があった
若い時のその気持ちに気づいたのは主に異性に対してで
若い女子ならではの、わたしもご多分に漏れず友人達としょっちゅう恋愛話に花を咲かせていたからわかりやすく当時は恋愛に当てはめられたんだけど
きっと同性異性問わずそれってなんとなく当てはまるのかもしれんよね
同性の友達ってそもそも一緒にいて楽しくていつのまにか友達になっているから恋愛ほど自分の気持ちに敏感にならないことが多いのかもしれないけど
単純に言うと、条件やスペックに左右されないその人そのものへの親愛みたいなものなんだろうと
でもそこまで言い切るほど立派な親愛を感じたり考えたりすらもしていなくて
どこまで親愛なのかとかよくわかっていなくても
その時の自分の感覚や気持ちに耳を澄ますと、頭で考えるよりも遥かに見えてくる何かがあるんじゃないかと思う
この現象を単純にまとめると
どこにいても何をしててもなんだか楽しくて笑えて語れてあったかい気持ちが続いていく…っていう相性のよい人は男女問わず貴重な親友といえる
既婚になると、夫婦以外に他に異性の友人を新たに作るというのはなかなか難易度が高いから
夫が、妻が、その親友レベルというのが一番なのかもしれないし
同性でそういう友人に恵まれてたら尚素晴らしいし
こう書くとめっちゃ当たり前なことなんだけど
同性異性問わず、そういう目に見えにくい豊かさを大事にできると
周りの環境や状況に幸不幸の条件を左右されにくくなるんじゃないかなと思う

